日本各地の花街ごとに異なる芸者の特徴

日本各地の花街ごとに異なる芸者の特徴
地域それぞれに違う芸者のプライド

江戸時代にルーツを持つ花街(かがい/はなまち)は、現在もその伝統を守り伝える芸者が活動する拠点で、全国各地に点在しています。
戦前の東京では、23区のうち21区に花街があり、代表的な柳橋、新橋、赤坂、神楽坂、芳町、浅草を六花街と呼んでいましたが、柳橋花街が消滅した後に向島が加わりました。
新橋芸者は、かつては「金春(こんぱる)芸者」とも呼ばれ、芸の達者さでは花柳界随一と謳われた歴史があります。
新橋をはじめ赤坂、神楽坂などの芸者は、古くから政治家や有名人などのセレブを顧客としてきたことからも分かるように、洗練された伝統ある風情と、もてなしのプロとしての心意気を感じさせてくれます。
対して、向島、浅草の芸者は、下町情緒と人情味あふれる親しみやすさが最大の魅力です。
身分や肩書にとらわれず、肩ひじを張らずに楽しく遊べるひとときを演出する術に長け、今も多くのファンを惹きつけています。
また、現在の江東区深川にかつて存在した花街の芸者は「辰巳芸者」と呼ばれ、きっぷの良さで鳴らしたことは有名です。
六花街、柳橋(消滅し、後に向島が加わる)、浅草は、下町情緒と人情味あふれる親しみやすさが最大の魅力。新橋、赤坂、神楽坂、芳町は、政治家や有名人などのセレブを顧客としてきた。

世界が注目するもてなしのプロとして

現在の京都では、市内にある祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東を総称して五花街と呼んでいます。
いずれの花街も芸妓や舞妓を抱える置屋やお茶屋があり、伝統のしきたりが厳格に守られ、花柳界に関わる誰もが文化継承の担い手としての高い矜持を持っていることが分かります。
京都の場合はお座敷の仕事だけでなく、季節に合わせた様々な伝統行事や観光イベントなどが頻繁に催されるため、京都の芸妓さんや舞妓さんは年中多忙を極めますが、春や秋の舞踊の定期公演に向けて芸の精進にも熱心です。
大阪はかつて、新町、堀江、南地、北新地の四花街が知られていました。
しかし、戦後は経済不況や後継者不足などの社会的背景から衰退し、現在では南地と北新地を残すのみとなっています。
その他、神戸や金沢、松山、新潟、熱海、山形、長崎の丸山などの花街でも、土地の名を冠した芸者が活躍していますが、いずれも最盛期からは大きく数を減らしており、後継者不足は全国共通の悩みです。
そうした中で、最近では観光で訪れた京都で舞妓さんに憧れ、その世界に興味を持つ若い女性が増えているという話は、花柳界にとっては追い風と言えるでしょう。
また、山形県では地元の商工会議所などが主体となって、舞子の養成事業「やまがた舞子を育てる会」を発足し、踊りや唄、三味線などの腕を磨くなどで伝統文化の継承に力を入れています。
海外からの観光客数も増えている今日、日本独自の伝統芸能を世界に発信する存在として、芸者文化は今、新たな役割を与えられているのです。
京都五花街・祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東