花魁と芸者(芸妓)はどう違うの? About difference between Oiran and Geisha.

花魁と芸者(芸妓)はどう違うの? About difference between Oiran and Geisha.
今さら聞けない「遊女」と「芸者」の関係

遊郭を語る上で避けて通れない、しかし諸説入り乱れて悩ましい問題の一つが「花魁(遊女)」と「芸者」の本質的な違いです。
遊女とは、古い時代から近代にかけて、男性客に対して性的サービスを中心とした接客で生計を立てていた女性のことです。
遊女を抱える遊郭では、他にも芸者や男芸者(幇間)などさまざまな職種の人間が出入りしていましたが、そのうちの芸者は、唄や三味線、踊り、話芸などの芸事で客をもてなすプロフェッショナルです。
昔の遊郭遊びでは、揚屋で客が指名した花魁が到着するまでの間の場つなぎとして芸者や幇間が呼ばれ、十八番の芸を披露して客を楽しませ、花魁と客が妓楼へと去った後はめいめいの置屋に引き上げる、という流れが一般的でした。
遊女と芸者はどちらも接客業ではありますが、時代や地域で位置づけが様々に変化しているため、両者の定義については時代背景と照らし合わせながら理解することが大切です。
ちなみに、京都では芸者のことを「芸妓(げいぎ・げいこ)」と呼びます。
今さら聞けない「遊女」と「芸者」の関係

芸道のスペシャリストとしてのプライド

「芸は売っても身は売らぬ」は、芸者の矜持を表わす言葉として知られていますが、明治以降の近代のような役割分担が確立するまでの古い時代には、芸者であっても水面下では売春行為を行うなど、線引きは曖昧でした。
しかし、吉原など公営の遊郭が機能していた時代には、遊女のほうが芸者よりも格が上で、芸者が色を売ることは遊女の仕事を奪うという重大な職域侵犯につながるので、トラブルも日常茶飯事だったと想像できます。
やがて、遊郭における厳格なしきたりやシステムが確立すると、芸者は芸道の追求に徹し、総合的なお座敷芸のスペシャリストとして一本立ちし、後進を育成しながら伝統を守っていくことになりました。
ちなみに芸者のことを「左褄」とも称しますが、左手で長着(裾を引く長い着物)の褄(裾の端)を持てば、襦袢の合わせ目から男性が手を入れることができません。
これに対して、花嫁や花魁(遊女)は右褄をとります。
つまり「左褄をとる」とは、「色を売らない」芸者としての誇りを込めた言葉です。

芸者さんは伝統文化の生き字引

芸者さんは伝統文化の生き字引 芸者の道を志す人は、舞妓(関東では「半玉」)として、16歳から18歳ごろまでの間、見習いとしての修業を積みます。
舞妓時代は舞踊や三味線、唄などの芸をみっちり仕込まれると同時に、芸者の世界の厳しいマナーやしきたり、季節の決まりごとなどの細かなルールを叩き込まれます。
舞妓を卒業したら芸妓(=芸者)として独り立ちし、置屋に籍を置いて、お座敷がかかれば出向いて接客し、芸を披露します。
今では時代の流れから、旧来の伝統や制度は薄れ、後継者不足の問題に直面している芸者業界ですが、芸者文化を持つ地方では、専門学校の設立や法人化などによって人材育成を続ける試みが注目されています。
現在も、京都は上七軒、祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町など、東京では新橋、赤坂、神楽坂、芳町、向島、浅草など、芸者は全国各所の花街を象徴する存在として、伝統文化を守り、独自の世界を築き上げているのです。